当研究室では多様なヘルスデータに疫学デザインを応用し、医療や健康の課題を可視化しています。リアルワールドで行われている医療は、様々な外的変化に影響を受けますが、過去に起こった外的変化の影響を学べば、未来に備えることができます。本論文は、日本の臨床研究にとっても大きな転換点となった研究スキャンダルに学び、これからの臨床研究や医療について考える良い事例であると考えます。
本論文は、日本中の薬剤使用実態を把握可能なIQVIA JPM databaseを用いて、12年間(2005-2017)にわたる第一世代アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)の使用トレンドを明らかにし、大規模臨床試験の結果発表や、研究スキャンダルが薬剤使用に与えた影響を分割時系列デザインで検討しました。臨床試験の結果発表によって第一世代ARBの使用は12%増加し、その後に起こった研究スキャンダルによって19%減少しました。研究スキャンダルによって日本全体で約55万人の第一世代ARB使用者を減少させたことが推定されました。
Fukuma S, Ikenoue T, Yamada Y, Saito Y, Green J, Nakayama T, Fukuhara S.
Changes in drug utilization after publication of clinical trials and drug-related scandals in Japan: an interrupted time series analysis, 2005-2017
Journal of Epidemiology. 2020 (in press)
早期公開版へのPDFリンク
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jea/advpub/0/advpub_JE20200181/_pdf/-char/en
第一世代ARBに関する外的変化
2006年以降に発表された第一世代ARBに関する大規模臨床試験の結果はいずれもポジティブな内容でした。ところが、7年後の2013年に研究不正やプロモーション違反が発覚し、社会的にも大きな問題となりました。
日本国内のメディア報道件数の推移を見ると、臨床試験結果発表よりも、研究スキャンダルの取り上げられ方が大きかったことが想定されます。
分割時系列デザイン
分割時系列デザイン(interrupted time series design)は、集団全体に起こった介入のインパクトを推定することが可能です。ある時点以前は介入なし、ある時点以降は介入ありとして、介入が加わった効果を推定しますので、時間を割付変数と考えた疑似実験と言えます。通常の観察データの分析で常に問題となる個人レベルでの交絡の影響を受けない、時間単位に集約されたデータでも推定可能な点が大きな特徴です。
今回の研究では、臨床試験の結果発表と、研究スキャンダル発生時点を介入の時点として定義し、各時点で薬剤使用のレベルとトレンドがどのように変化したかをモデル化しました。