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「特定保健指導」が健康アウトカムに与える影響: 回帰不連続デザインによる効果検証 @JAMAInternalMed

2020/10/08 研究実績 臨床研究デザイン

日本の特定健診における「特定保健指導」が肥満および心血管リスクに与える影響を検証した研究結果が、JAMA Internal Medicine (米国医師会が発行する学術誌)に掲載されました。津川友介先生(UCLA 助教授)、飯塚敏晃先生(東京大学大学院経済学研究科 教授)との共同研究です。

全国規模国保組合(全国土木建築国民健康保険組合)の男性健診受診者7.5万人を分析した結果、特定保健指導制度による肥満度の改善は軽度で、血圧、血糖、脂質等の心血管リスクの改善を認めませんでした。国民の健康アウトカム改善のために、エビデンスに基づく制度設計の改善が期待されます。

https://jamanetwork.com/journals/jamainternalmedicine/fullarticle/2771507

特定健診と特定保健指導制度

特定健診は40歳以上の全成人を対象として日本全国で2008年に導入され、年間2800万人以上の人が受診しています。メタボ健診で腹囲肥満による健康リスクがあると判断された場合、特定保健指導の対象となり、年間100万人以上の人が指導を受けています。メタボ健診・特定保健指導制度に関わる国家事業費は年間500億円以上と報告されていますが、保険者や受診者の負担、受診を推奨するための経費(保険者努力支援制度)、事業の間接コスト等を考慮すると、その何倍もの費用が本制度のために使用されていることが想定されます。しかしながら、今までメタボ健診および特定保健指導が健康改善につながっているかに関しては明確ではありませんでした。

日本のメタボ健診および特定保健指導の影響を評価した従来の研究には方法論的な問題が残されていました。先行研究では保健指導を受けた人と、受けなかった人を比較し、保健指導を受けた人の方が受けなかった人よりも、翌年度の健康アウトカムが改善したと報告しています。しかし、実際に推奨通りに保健指導を受けた人は一般的に健康意識が高いのに対して、保健指導を受けなかった人は健康意識が低いと考えられます。そのため、この2つのグループを比較しても、保健指導を受けたから健康改善を認めたのか、健康改善するような健康意識が高い人が保健指導を受けたのか、区別することができません。このように、効果検証を歪めてしまうような第3の因子(例:健康意識)のことを「交絡因子」と呼びます。今回、私達は、回帰不連続デザイン(詳細は後述します)という研究手法を使うことで、「交絡因子」の問題を解決し、保健指導が健康アウトカムに与える効果をより正確に評価しました。

 

実験と疑似実験

特定保健指導の効果を評価するにはいくつかの方法があります。最もシンプルな方法は「実験」を行うことです。具体的には、特定保健指導を「受ける人」と「受けない人」の2グループにランダム(無作為)に割り付けて比較を行えば、両グループの特性は似通った集団になり、特定保健指導の効果を正しく評価することができます。これはランダム割り付け介入試験(Randomized Clinical Trial: RCT)と呼ばれます。しかし、国家規模で実施されている保健指導をランダムに割り付けることは様々な点で困難でした。また、「実験」を実施するには多額の費用や労力がかかりますし、「受けない人」(「受ける人」にも)に不利益が生じない倫理的配慮が必要です。そこで、本研究では、大規模な健診データを用いて「実験」に似た状況(=「疑似実験」)を作り出し、妥当な比較を行うことが可能な「回帰不連続デザイン」という手法を用いました。

「実験」は人為的にランダム割り付けを行いますが、「疑似実験」ではリアルワールドで測定されたデータからランダム割り付けに似た状況を見つけ出し解析に利用します。「疑似実験」には、回帰不連続デザイン、操作変数法、分割時系列デザイン、差分の差分析など、様々あり、状況に応じて適切なデザインを選択することになります。

 

回帰不連続デザイン

本研究では、全国規模国保組合(全国土木建築国民健康保険組合)の男性の健診データ約7.5万人を解析しました。メタボ健診において腹囲が基準値以上で特定保健指導の対象になるという状況を活かし、腹囲が「基準を少し超えて指導対象になった人(ギリギリ引っかかった人)」と「基準を少し下回って指導対象にならなかった人(ギリギリ引っかからなかった人)」で1-4年後の肥満度、心血管リスクの変化を比べる回帰不連続デザインを選択しました。この方法では、「保健指導の対象になったかどうか」以外は、(健康意識など測定の難しい特性も含めて)特徴の似通った2つの集団を比べることができるので、「保健指導の対象となった効果」を正しく評価することができます。腹囲の測定結果はランダムにばらつくことが想定されるので、腹囲85.1㎝と測定され保健指導の対象になった人が、もう一度測定すると腹囲84.9㎝で保健指導対象にならないことがあり得ます。この点から、腹囲の測定におけるランダムなばらつきが、あたかも「実験」におけるランダム割り付けの様に保健指導への割付を決めていると考えることができます。下の図では、腹囲85cmのラインを基準に右側では保健指導の対象、左側では保健指導の対象にならないということになります。そのため、腹囲85cmで起こったアウトカムの不連続な変化が「保健指導の対象となったことによる効果」であると解釈できます。

以上の回帰不連続デザインによって、「特定保健指導の対象になること」と「特定保健指導を実際に受けること」が、1―4年後の肥満度(体重、BMI、腹囲)や心血管リスク(血圧、血糖、脂質)の変化に与える影響を検討しました。

上記図において、腹囲85㎝で起こっている肥満度変化の段差が保健指導の対象となった場合の効果になります。

上記図は心血管リスクに対する影響です。収縮期血圧、拡張期血圧、HbA1c、LDL コレステロールにおいて、肥満度で認められたような段差は認められませんでした。

「保健指導の対象となった効果」を整理すると、1年後の健康アウトカムについては、軽度の肥満改善を認めるが、心血管リスクの改善は認めないという結果が得られました。また肥満の改善は3年目以降で差が検出できなくなりました。これらの結果は、初回指導に限定した場合、女性を対象に分析した場合も同様でした。

(補足:これらの結果は、共変量調整の有無やアウトカムの欠測補完の有無によって影響を受けませんでした)

ITT(割付効果)とToT(実際に治療を受けた効果)

保健指導の対象になった人の中で、実際に指導を受けたのは16%に過ぎませんでした。回帰不連続デザインでは「保健指導を実際に受けた場合」の効果を推定することも可能で、「保健指導の対象になった場合」と比較して、より大きな肥満度改善が認められました。保健指導の対象になった人の一部しか、実際に保健指導を受けていなかったのでこの違いは妥当です。

「保健指導の対象になった場合」の効果は割付の効果であり、Intention-To-Treat (ITT) 効果と呼ばれます。医療政策上の保健指導の評価としては実施割合の影響を加味したITT効果で評価することが適切です。一方、「保健指導を実際に受けた場合」における効果は、Treatment-on-the-Treated (ToT) 効果と呼ばれます。保健指導に割り付けられ、指導を受けたことの効果を解釈したい場合はToT効果が適切です。しかし、保健指導実施割合100%を目指すことは、リソース(人やコスト)の観点からも現実的でありません。単純に指導実施割合を増やすことを目標にせず、指導がより効果的な集団を明らかにして、その集団における指導実施を進める方が効果的であると考えられます。

回帰不連続デザインが使用可能な状況

回帰不連続デザインは特定の変数の測定値によって、介入への割付が決まるような状況に応用できます。今回の場合は、腹囲の測定結果によって保健指導の対象になるかどうかが決まりました。腹囲85㎝を境に健康リスクは連続的に変化しているはずであり、この基準値は人為的に決められたものです。この様な状況下で回帰不連続デザインは有用です。

本研究の場合、厳密には腹囲だけでなく、BMIやリスク因子の数が保健指導の対象になるかどうかを決めます。そのため、腹囲によって保健指導への割付は決定的に決まるわけではありません。しかし、下の図の様に腹囲85㎝未満と腹囲85㎝以上で保健指導の対象となる確率は大きく変わります。このような状況で行う回帰不連続デザインをfuzzy type と呼びます。

回帰不連続デザインで推定される効果の解釈

調整変数など考慮せずシンプルに考えると、回帰不連続デザインで調べる効果は、割付変数の基準値からある一定の範囲(bandと呼びます)において、割付変数によるアウトカムの変化を割付変数による治療確率の変化で割ったものになります。気付かれる方がいるかもしれませんが、操作変数法に似ています(割付変数を操作変数に置き換えてみてください)。

上記の様に回帰不連続デザインで示される効果は腹囲基準85㎝周辺の集団における効果です。これはLocal Average Treatment Effect (LATE)と呼ばれます。そのため、割付の基準値から離れた集団における効果は知ることが出来ません。腹囲85㎝の集団と腹囲95㎝の集団で保健指導の効果が異なる可能性もあります。

今回の研究で腹囲85㎝周辺での効果が限定的であるということが明らかになったので、腹囲基準の見直しも検討されます。男性で腹囲85㎝以上の人は健診受診者の50%以上であり、現制度では、軽度肥満の人も含めて、かなり広範に対象者を選択していることが考えられます。腹囲基準を引きあげて、より保健指導を必要としている集団に介入を行うことが検討されます。

回帰不連続デザインで注意すべき仮定

いずれの疑似実験デザインにおいても、満たすべき必要な仮定があります。回帰不連続デザインについては主に2つです。

  • ①割付変数が操作されていない

1つ目は、割付を決める変数に操作が加えられていない(no manipulation)という仮定です。もし、腹囲85を超えそうな人がキュッと息を吐いてお腹をへこませると、本来は85㎝以上で保健指導の対象になるべき人が85㎝の保健指導対象にならないグループに入ってしまいます。このような状況があると回帰不連続デザインによって適切に効果を推定することが出来ません。ヒストグラムにて腹囲85㎝周辺でも自然な形で測定値が分布していることを示せば、操作が加わっていないことの証拠になります。

  • ②全ての交絡因子が割付変数の基準値でスムーズに変化

2つ目は、全ての交絡因子(未測定も含めて)が、腹囲85㎝周辺でスムーズに変化していることです(smooth change)。もし、腹囲85㎝を境に、他の交絡因子が大きな変化を起こしていた場合、保健指導の効果と交絡因子の影響が混じって区別できなくなります。測定済みの交絡因子については、腹囲と交絡因子の分布を散布図で示すことで、smooth change をチェックできます。しかし、未測定の因子については、データから直接確認することができません。しかし、もし、腹囲85㎝を境に、測定済みの交絡因子がスムーズに変化しているのであれば、未測定の交絡因子もsmooth change の仮定を満たしていることが推察されます。

他の疑似実験デザインにおける仮定と比較して、回帰不連続デザインの仮定は、臨床的に説明しやすいとも言えます。

制度設計の改善

今回の研究では、特定保健指導によって、軽度の肥満改善を認めたが、心血管リスクの改善を認めませんでした。そのため、現在の特定健診、特定保健指導制度による健康アウトカム改善は限定的であると考えられます。今回、明らかになった課題をもとに、エビデンスに基づいて制度設計を改善する必要性があると私達は考えています。本研究結果が前向きな議論のきっかっけになることを期待しています。

具体的には、以下の様な改善のポイントが検討されます。

  • ①誰を保健指導の対象とすべきか

今回の研究対象者の半数近くが腹囲基準(男性85㎝)に当てはまっていました。もしかしたら、現在の腹囲基準は厳しすぎで、介入の必要が無いような軽度肥満者を多く選択している可能性もあります。費用対効果の観点からも、介入が本当に必要な集団を選択するための基準を再検討する必要があります。

  • ②どのように指導すべきか

指導内容によっても効果に違いがある可能性があります。今回の研究では、指導内容に関する情報が無いため検討できていません。指導効果が高い集団が受けている指導内容を学ぶことで、より効果的な指導内容に改善できる可能性があります。私たちは、保健指導内容の分析を保健指導事業者との共同研究として開始しております(SOMPOヘルスサポート)。

  • ③指導の目標を何にすべきか?

現在は減量を目的に指導が実施されていますが、将来の心血管リスクを改善することを目的に変更する必要があるかもしれません。

以上の改善ポイントが健康アウトカム改善に結び付くか、その根拠を明らかにするための研究を継続していきます。

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